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2009年の改訂時に追加したページです。以前の資料やメモを使用しています。
[付記] セルビア編 2002年秋+2003年春・秋
(1) ここでは以下(太字部分)のコンテンツを取り扱っている。
フォトギャラリー2の画像では、順序が異なる位置に配置したものもある。
(2) 書籍のほうでは掲載しきれなかった膨大な写真を公開している。
情景描写に関して言えば、詳細を文章にして述べるまでもなく、写真を見れば一目瞭然ではないか。
旅や撮影にまつわるエピソードは書籍のほうでどうぞ。
(3)
画像の下に(注)とあるものをはじめ、補足説明は以下を参照のこと。
掲載画像が小さくて、「わかる」「見える」と書いてあっても困難かもしれませんが、
実際はそのようであったのだと解釈してください。
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[付記] セルビア
セルビア2002年秋
【ベオグラード】
[コメント]
旧ユーゴの首都ならではの存在感・面白さと、大勢の人々が集まる雑多な印象・空爆や経済封鎖を受けた名残を見せる。
中心部に隣接するようにスラムが広がり、その背後に現代建築がそびえる姿は印象的。
ヨーロッパ風の建物や教会、共産主義時代の建物、大通りと公園、モダンビルがそびえる様子が混在して見られる。
きっと印象は賛否両論、二面性を併せ持っているだろう。
例えば、綺麗な建築物や立派な建造物がある一方で、路上に落ちているゴミや所狭しと駐車されている様子(写真22など)、
街灯などに貼られたビラや建物などに書かれた落書き等がめだつ(写真10などトラムの側面にも落書きが見て取れる)。※
町では宣伝広告の巨大パネルを度々目にし、建物や車両の側面などに描かれていたりもする(写真12・13、49・特に50など)。
駅から中心部へは起伏があって、荷物を持って急いでいる時など、早足で歩いたりすると少々疲れる。
大きな公園や幅がゆったりした広い道路が造られている反面、特に大通りを中心に埃っぽく忙しない。
それでいて、大河が流れ、観光名所に加え、博物館やカフェなど楽しめる側面も持っている。
※ちなみに、赤いトラムばかりではなく色々なものがある。
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ベオグラード1日目
(1)町並み
[コメント]カレメグダン公園を訪れる前と、訪れた後の写真です。
〈写真03〉正面がWC、電光掲示の時計やキオスクが見える。向かって右手、奥へ行くと手荷物預かり所。
〈写真14〉向かって右が中央駅側面にある出入口、木の左側が正面となる。
〈写真17〉この時は打って変わったように混雑ぶりは見られず、列車も到着しておらずホームに人影も少ない。
〈写真18〉中央駅正面出入口を入ったところ。
〈写真19〉中央駅正面出入口を出たところから撮った。駅正面から延びている大通り。トラムがひっきりなしに走っている。
〈写真34〉破壊された建物の横にある建物で、壁に傷跡が見て取れる。爆風で破片が飛んできたとか!
〈写真47〉ユーゴスラヴィア航空「ヤット」(国名変更後も当面はそのままの名称だそう)
〈写真48〉広場から聖サヴァ教会へ向かう通り。この広場は特に忙しない場所で、長居すると方向感覚を失いそうになる。
〈写真55〉広場から別の大通り(マーシャル・ティトー通り)を行く。
〈写真64〉これはモニュメントかな、たくさんの人物の顔が見て取れる。
〈写真70〉公園内を抜けたところの建物。国旗が出ている。
〈写真71〉
周囲を大きな建物に囲まれ、憩いの場といったかんじの小さな緑地のスペースだが、
この辺の一角は政府関係のものと思われる小綺麗で立派な建物が多く、威厳・高級感を感じさせる雰囲気となっている。
〈写真84〉富士フイルムの宣伝も見られる。
〈写真121〉コニカの宣伝が出ている。
[補足]
〈写真07〉ホテルから通りに出て、すぐ向かいにある軽食スタンドとマーケット。便利で世話になった。
〈写真10〉宿泊ホテル(テラジエ広場方面)から中央駅へ行く途中にある。パン屋みたい、ここのクッキーはいけると思った。
(2)カレメグダン公園
[コメント]カレメグダン公園からの見晴らしについての詳細は、ベオグラードの地図を参照のこと。(書籍のほうに掲載済み)
武道館を思わせる東洋風の塔が見える建物はスポーツセンター、対岸の建物は美術館みたいである(機能しているのかは不明)。
〈写真77〉要塞2で眺めていたところ。
〈写真104〉要塞6と同じ。(角度は逆、振り返って見た構図)
〈写真117〉付近の様子を見下ろしたもの。球技場(手前)やスタンボル門(向かって右手)、軍事博物館(奧)などがわかる。
〈写真129〉
上のほうに光を遮るためのものが入ってしまいました(が、トリミングしませんでした)。持ち歩いていた地図です。
聖ルジツァ教会は試みたものの逆光でどうしようもない状態で、写真126~128のようになってしまいました。見づらくて恐縮です。
少し時間をおいて取り直したのが写真139です。
〈写真133〉聖ルジツァ教会出入口のところから聖ペトカ教会を見たもの。
〈写真146〉脇道1と同じ道。
〈写真156〉カレメグダン・テラスや脇道などが見える。
〈写真171〉写真169・170、174・179も同時に参照のこと。
〈写真173〉先ほど勝者の記念碑のところから見ていた「公園内の様子5」と「園内の様子9」は同じ場所。
〈写真188〉
行きとは別の出入口。同じ通りに面しており、出入り自由。出入口といっても門があるわけではない。
行きはミハイロ公通りからすぐのところを入った。 |
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ベオグラード2日目
(1)町歩き
〈写真06〉初日と同じくマーシャル・ティトー通りを行く。
〈写真19〉
屋根もきれいだとは言えないし、別にたいしたことない建物だと感じるかもしれないけれど、
1日目に同じ建物の写真があり、要は同じ場所まで来たわけだ。
この後、スラヴィア広場から聖サヴァ教会へ向かう。
〈写真62〉
テラジエ広場もすぐそば。共和国広場同様、こちらのほうが中心広場といった印象を受ける。
※共和国広場には、綺麗な博物館が建つ。
〈写真65〉町では軽食を扱う店が多い。
〈写真68/70〉共和国広場からミハイロ公通りへ。
〈写真91〉
通りというのは、タシュマイダン公園から地図に"Bulevar revolucije"とある通りのことで、その脇に並んでいる建物群である。
大学関連の建物ではないか。学生広場/学生公園と同様に、学生らしき人達の姿が多いと感じた。
〈写真97〉
「突き当たりの公園」としたのは、言うまでもなく市街の突き当たりといった意味ではないです。
この銅像の手前の通り(地図には"Ruzveltova"とある)を左(地図で見ると東方向)へ行き、"芸術的かつ立派な"墓地へと向かう。
[コメント]巨大な聖サヴァ教会といい凝った墓地といい、この国の経済状況を考えるといかなるものか…わかる気もするけど。
(2)町歩き
〈写真105〉地図に"Ruzveltova"とある通り。
〈写真152〉
植物園といっても、日本のようなものを想像しないほうがいい。それを期待して訪れると、理解できず唖然とするかも…。
ヨーロッパの場合、非常に地味で質素なもの。普通無料で、一般に公開(日常的に市民に開放)されている。
緑が植わった公園・小さな憩いの場といった雰囲気だ。
〈写真178〉午前中から賑やかな通りだが、夕方になるとさらに人通りが増え、道端で物を売る人の姿がめだつ。
(3)カレメグダン公園(動物園)
[コメント]
本文中で動物園を、とっても正直にちょっとだけ悪く書いたので、特集を組むことにした。
「園内の様子」後半は、城塞を利用した造りが見て取れる。
どの動物がいるところにも、必ず水場とエサをやる場所がある。写真50・51・55など、園内はニワトリだらけだ。
〈写真03〉確か向かって右側がチケットを販売しているところ。
〈写真06〉エサをもらおうとしている。ゾウの嬉しそうな表情。向かって右奧、こんなところにまでニワトリが…。
〈写真08〉突如一斉に遠吠えを始めたところ。向いている方向が異なるように見受けられる。
〈写真16〉クロヒョウだと思う。体にヒョウ柄が見て取れる。
〈写真27〉フクロウもそうだが、ワシ、タカ、トビ、コンドルなど猛禽類の類(なのはわかるが、一目で判別が付かない)。
〈写真37〉副題「オスの上に君臨するメス」。ここでは縄張りも何も関係ないのでは? うなだれているように見える。
〈写真41〉
わかるかな、置かれている木の幹などと混同して見つけづらいと思いますが、横にしてみて中央にいる茶色いのが動物です。
それにしても写真42の可愛らしい手…今になってみると、顔の小さな目にカメラのフラッシュが当たってしまっていて、大丈夫だったか。
〈写真43〉こちらも小動物。立ち姿が可愛らしい。写真44など、人なつこい様子を見せてくる。
〈写真57〉写真54・55では、手前の白いトリやヒツジの姿の他にも奧に動物が写っていて、それを間近で撮ったのが写真57。
(4)ベオグラード夜景+夕・夜、次の朝(モンテネグロへ)
〈写真12〉農村部ではなく町の中心部で、まるで昔にタイムスリップしたような外観のキオスク。
〈写真16〉
セルビア・モンテネグロと国名が変更され、モンテネグロの独立志向が強まるなか、
車体に書かれているアドレスは"WWW…CO.YU"。「セルビア」としないのだろうか。
[コメント]夕日に染まる街の建物や夜のネオン、朝焼けや朝の駅のホーム。この後、モンテネグロへ移動する。 |
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| ベオグラード-ポドゴリツァ/列車 |
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【セルビア北部】
ベオグラード→ザグレブ/列車
注:ベオグラードを出発し、北部のボイボディナ自治州を通り、セルビア・クロアチアの国境までを掲載している。
〈写真01・02〉
手前の一見ゴミ捨て場(廃棄物の集積場)かと思ってしまうようなスラムが広がる様子、背後には新しい建物が林立している。
非常に対照的。この国の現状をよく現しているように感じた。
〈写真03・04〉同様に、“ゴミ利用”とまではいかないが、仮設住宅と思われるものが並んでいる。
[コメント]
平地が広がり、穀倉地帯といった印象だ〈写真06〉。焼き畑をしていた〈写真05〉。
たまに小さな町・村が姿を現す。すっかり晩秋の風景だった。
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セルビア2003年春
【セルビア南部および中部】
スコピエ→ベオグラード/バス
注:スコピエを発ち、ベオグラードへ向かうバスの車内で撮ったもの。
[コメント]
ベオグラードから南部に移動したさいは、コソボ付近に近づくと(たぶんアルバニア系と思われる)村のモスクが現れたのが
印象的だった。今度は逆に、いつ教会が姿を現すのかと思っていた。小高い丘の上にそびえるように建っていたりする。
注:見かけた教会は、べつにここで掲載したものだけではない。たまたま写真に収めたものである。
〈写真13〉
このあたりでは大きな町で、ターミナルもあった。旧ユーゴでよくあるバス停ではなくて、立派なバスターミナル。
町には教会の姿が見て取れる。写真だと、ちょうど建物の一部が木の奧に隠れてしまっていて少々見づらいが。
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| 書き順がなってはいないけど、外国人ではとても上手な部類だ! |
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【ベオグラード】
ベオグラード
[コメント]
ベオグラード(セルビア)はいつも晴れて明るいイメージがあるが、この時は春で天候が不安定な時期だった。
しかも夕方で少々薄暗い。そのぶん落ち着いた雰囲気にも見えた。
〈写真03〉
向かって右が2002年と同様の軽食スタンドとマーケット。軽食スタンドの角を曲がり、坂を下って中央駅へ。
逆に、ホテルのある角を曲がり、坂を上ってテラジエ広場へ。
宿泊利用ホテルは、ちょうど中央駅とテラジエ広場の中間あたり。部屋の家具などは質素だが、便利な立地にあった。
〈写真07〉
ホテルから通りを挟んだ隣にある店で、幾度かフィルムを買い足したりカメラを購入したりした。
もちろん、それ以外の物も扱っていた。富士フイルムの広告ですぐわかる。
〈写真08〉地図に"Balkanska"とあるので、バルカン通りと呼ぼう。ホテルを出て、テラジエ広場へと向かう通り。
〈写真28〉
写真14や24にある、正面の大きな建物の一階部分は吹き抜けとなっており、テラジエ広場へも抜けられる。
吹き抜けの中には店などが並んでおり、この時は観光案内所もあった。
〈写真33〉天井はきれいに修復されていた。向かって右上のポスターに注目。
[コメント]地下道内などの店を眺めていると、ニーズが漠然とわかってくる。
〈写真41〉ホテルから駅へ向かう通り。写真39は例の2003年にクッキー菓子を購入したパン屋。
〈写真42〉写真41の通りは特に看板が集中していて、建物の内部はちょっとしたショッピングセンターのようになっていた。
〈写真45・46〉
軽食スタンド内部と、プレスカヴィッツァができあがっていく様子。
なんだか面白いので撮影、写真とか平気で撮らせてくれる。
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| 地図とか甲冑とかカッコイイねぇ |
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【セルビア中部および南部】
ベオグラード→スコピエ/列車
注:ベオグラードを出発し、セルビア中部・コソボに隣接する南部を通り、セルビア・マケドニアの国境までを掲載している。
[コメント]
写真03・04、07など、現地での列車の乗り方に注目。車両の両側から駆け込むように、大勢が押し合いへし合い乗り込む。
列車が到着し停車した時は、乗り降りする人々でホームは混雑状態。
ベオグラード中央駅を出発した時、朝もやに包まれていたのだが、次第に明るくなり、良い天気だった。
旧ユーゴもそうだが、セルビアだけをとってみても南北格差(南へ行くほど貧しい)があり、
農村部の様子などセルビア中部・南部はさらにもっと貧しい雰囲気が伝わってくる。
この時は春とあって、野に一面に咲く花や山桜を見ることができた。
山桜は白い花がほとんどで、日頃見慣れている品種改良された日本のソメイヨシノとは異なる。村の民家の周辺や山などに咲いている。
野に咲く黄色い花は、明るい春らしい雰囲気でいい。写真21は干し草と合っていて、牧草地・耕地全体が明るく見える。
写真32など「南部の風景」は、まるで丘の斜面の民家を取り囲むかのよう。まるで“桜の園”といったかんじだ。
〈写真43・44〉
南部のコソボ自治州に隣接する地域で、アルバニア系住民が多く住む地域だろう。
コソボの独立運動と連動した動きを見せている。大半がイスラム教徒ゆえ、町の中心にモスクが見て取れる。
写真45・46など、緑豊かな印象を受ける。
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| モバイルが、やかまし! |
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セルビア2003年秋
【ベオグラード】
ベオグラード
(1)中心街
〈写真02〉
中央駅から利用宿泊ホテルやテラジエ広場(中心部方面)へ向かう通り沿いにあり、フィルムを大量に購入したことがある。
日本ではほとんど知られていないのだが、買い物など用を足したい場合はベオグラードで。非常に安く購入が可能。
〈写真07〉
旧ユーゴやドイツといった国々のガイドブック・地図や絵葉書等が売られている。
行き来が多くありそうな国であるが、むしろセルビアの人達が訪れるのが困難そうな場所にも思える。外国語版も用意されていた。
むしろ周辺国を周遊している外国人旅行者が意識しそうだ。
(2)カレメグダン公園
[コメント]
2002年と比べ、時計門の落書きがきれいにされてあったり、あちらこちらで目にした工事がほぼ終了していたりした。
2003年、紅葉した木だけでなく、だいぶ木々が葉を落とし落ち葉が見られ、晩秋というか冬も間近といった雰囲気だった。
公園内の像や碑だけではなく、犬にも見覚えが…(写真03)。
軍事博物館内はフラッシュを使わなかったため、やや写真が暗めです。
〈写真14〉ボスニアだとわかる。
〈写真16〉頭蓋骨の塔の一部。
たぶんダマト・アリ・パシャの墓(写真28・29)と浴場跡(写真30)だろう。
〈写真42〉
時間を変えても、やはり逆光となってしまう位置にあるようだ。軍事博物館の出入口のある側も同様で、なかなか難しい…。
(3)中心街
〈写真01〉カレメグダン公園を出たところ(ミハイロ公通りへ)。建物のツタの紅葉は一年前と同じだ。
〈写真02〉
絵画を撮影した。セルビアの田園風景やベオグラードの町並み、正教会などが描かれていて興味深い。
現地の人々(少なくとも描き手)が持っている着眼点・美意識を察することができる。
(4)新ベオグラード(ノビ・ベオグラード地区)
[コメント]
写真01や02は、中心部から坂を下って、サヴァ川に架かる橋(ブランコ橋)のそば。
付近から出るバスに乗って新ベオグラード地区へ向かった。
日本のODAによる日の丸入りの黄色の車体のバスで、運賃をタダにしてくれた。
一見無機的で殺風景な印象で、空爆も受けた新ベオグラード地区であるが、あまり心寂しいというか心細いとうか
わびしい気持ちにはならなかった。日本のバスを見ると、なんとなく明るい気分になった~。
〈写真09〉ブランコ橋を徒歩で渡ったさい、橋の上から中心部の市街の町並みのほうを眺めたもの。隣に見えている橋はサヴァ橋。
〈写真10〉奧でドナウ川と合流している。河畔には緑が多い。向かって右上がカレメグダン公園だ。
〈写真16〉向かって右奧、新ベオグラード地区の入口に見えているのが、空爆を受け工事中の旧共産党本部ビル。
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| 店の人が親切でした。ゴマ大丈夫、好きだよ~ |
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ベオグラード→テッサロニキ(ギリシャ)/列車
注:ベオグラードを出発し、セルビア中南部・マケドニア共和国を通り、ギリシャのテッサロニキまでを掲載。
〈写真01〉
真っ暗な中、列車が駅に停車。見たら、半年前も写真に収めたセルビア南部の駅舎。
ここは南部では大きな町で、空爆も受けた。
〈写真02〉明るくなってから外の様子を撮影。マケドニア共和国との国境を越え、ギリシャ北部に入った。
[コメント]
なんの変哲もない風景が広がっていた。列車のガラス越し・早朝の曇り空で写真の出来は悪いが、雰囲気は伝わるだろう。
ギリシャに入国した時、「ここでマケドニアは終わり、ギリシャに入った」とわざわざ教えに来てくれた若い男の子がいた。
ベオグラード→チューリッヒ(スイス)/夜行バス
注:ベオグラードを発ち、ハンガリー・オーストリアを経由し、スイスへ向かうバス。
[コメント]
何度も利用しているとはいえ、ターミナルがあまりに暗いのにはビックリ!
夜、ハンガリー領で途中休憩の時、現地通貨を持ち合わせていなかった。
(この時点でハンガリーはまだEU加盟前だった。実際にユーロがどれだけ通用しているかもあやしい)
私が一服休憩できないのをバスの運転手・職員の人は気づくと、黙ってチャイをおごってくれた。
普通の紅茶一杯だけれど、いまでも記憶に残る有り難い思い出だ。
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